私たち人間が長い間、よかれと崇めてきた物質文明の論理とその作法がすでに行き詰っており、閉塞感を強めて、末期的な症状を呈してきたため、今こそ文明シフトを加速させて、世界の潮流を抜本的に変えていかなければ、地球と人類が早晩、直面するであろう危機を救うことができなくなる、と懸念される。
エシカルとは、そのための決め手となる究極のキーワードであり、「エコからエシカルへ / エシカルライフのすすめ」はそのための新しい理念であり、概念である。

迷走する国際社会の中で、軸なき時代の守るべき基軸が新しい理念のエシカルである。
国内外に亘り、思想が混迷するモデルなき見通し難の時代の先々をどう洞察し、何を信じて、どのような価値を守るべきか。
時空を超えて守るべき普遍的な価値であり、目指すべき行動指針となるのが新しい概念の「エコからエシカルへ / エシカルライフのすすめ」である。

出典:「21世紀の新潮流 エコからエシカルへ / エシカルライフのすすめ」 (『RIETI LETTER』 2011年 10月号、財団法人 経済産業調査会 ) の冒頭からの引用。

3.11が示唆した文明シフトへの啓示

老子は、今からおよそ2500年前の中国の春秋戦国時代にあって、次の名言を遺している。

人は地に法 ( のっと ) り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る ( 『老子』第25章 ) 。

凄惨な戦乱が絶えず、弱肉強食の無残な惨状とともに、人間の驕りと浅ましさを目の当たりにして、老子は世のため、人のために警鐘を鳴らす意味で、諌めた言葉である。

初めに自然ありき、である。その摂理の下で、自ら然 ( しか ) る ( おのずとそうなる ) 道があり、天地もそこにあって、人間の営みはその狭間で成り立っていることを、私たち人間は驕ることなく、謙虚に受け容れることから始めよ、との教えである。

3.11の東日本大震災と福島原発事故は、私たち人間に無辺の教訓を遺したが、なかでも私たち人間が心して肝に命ずべきは、私たち人間もこの自ら然る道理に倣い、随い、寄り添う共生文明の大切さを教えてくれたことである。

荒涼とした被災地に佇んで、思い知らされたことが2つある。1つは、私たち人間がこれまで、永い間よかれと崇めて、手にしてきた近代科学技術とその成果である物質文明とは、いかに未熟で、脆く、儚い戯事であることか。2つは、私たち人間の命綱も、生存基盤も、暮らしも社会も、すべての営みがいかに地球と自然と環境 ( 以下、総じて「地球環境」と言う ) に支えられ、依存していることか、の2点である。ともに、今までそこにあったはずの地球環境が一瞬にして失われて初めて、その無償の優しさと天与の恵みの有難さに気付かされたのである。

自然の摂理をはじめ、地球環境の道理の下で、地球環境があっての天地であり、人の営みであればこそ、私たち人間が最優先すべき倫理的な命題は、自ずと地球環境の保全であり、人間本位の物質文明から地球環境本位の共生文明へ、文明シフトを急ぐことであることは言うまでもない。

出典:「エシカルライフのすすめ はじめに - 3.11が示唆した文明シフトへの啓示 -」 (『未来を拓くエシカル購入』2012年12月、環境新聞社 ) の冒頭からの引用。

今、なぜ「エシカルライフのすすめ」か

エシカルとは、英語ethic [ 名詞 : 倫理 / 道徳 ] の形容詞 ethical [ 倫理的な / 道徳上の / ( 社会規範に照らして ) 正しい ] であるが、私流には「エシカルとは、良心に問うもの」であって、[ 良心的な / 良心に誠実な / 良心に恥じない ] などと、意訳している。

直訳の [ 倫理 / 道徳 ] では、初めに第3者からの規範ありきで、客観、他律的で、自発性に欠けている。その点、意訳の [ 良心 ] であれば、初めに自らの良心に問うセルフ・チェックありきで、主観、自律的で、自発性に富んでいる。

元来、今に伝わるエシカルの源流は、英国のブレア元首相が80年代末から90年代初めに掛けて、外交上の政策過程で道義的、人道的な国際介入を「エシカルアプローチ」と表現したのが流布の始まりではなかったか。その後、2001年の9.11事件を切っ掛けに、人間の安全保障上から絶対的な弱者を「保護する責任」論議の中で「エシカルな外交政策」の言い回しで流布、ブレア元首相がその実践国を「エシカルステイツ」と表現したのが印象的であった。正に、自律的で「良心に誠実な」概念として使われ出したのである。

ところで、人間の営みとは日常の意識と行動力の積み重ねである。その意識と行動を決める規範は何か。突き詰めると、第1に主体的な「欲望」であり、第2に他者からの「命令」である。歴史上、「欲望」に依拠したのが資本主義であり、「命令」に依拠したのが社会主義である。

さて、21世紀の共生文明社会を動かし、律する規範は何か。もはや「欲望」でもなければ、「命令」でもない第3の規範が必要であり、求められている。それが「エシカル / 良心」である。とりわけ、「欲望」を自律的に抑制し、制御できるのが「エシカル / 良心」である。

私たち人類社会の前途にはだかる深刻な地球環境問題は、資本主義が人間本位の「浅いエコ」認識の下で、地球環境を疎外し、蔑ろにしつつ、「欲望」の肥大化から「もっともっと病」に陥り、自ら閉塞感を強めてきた果てのあだ花であり、手痛いツケであることを思えば、なおさらである。

その失敗の本質を見究め、元凶が「欲望」であることを直視すれば、第3の規範には「エシカル / 良心」が最も相応しく、「エシカルライフのすすめ」を喧伝する所以である。

出典:「エシカルライフのすすめ 1. 今、なぜ「エシカルライフのすすめ」か」 (『未来を拓くエシカル購入』2012年12月、環境新聞社 ) の冒頭からの引用。

ページの先頭へ戻る

嶋矢志郎